
過重労働の基準とは?36協定の上限規制や会社と従業員を守る対策を解説
「最近、残業が多いな…」「この働き方は法律的に大丈夫?」従業員の方も、そして部下を持つ管理職の方も、一度はこんな風に感じたことがあるかもしれません。
日本の社会課題の一つである長時間労働や過重労働は、労働者の心身の健康を害するだけでなく、企業の生産性低下や法的なリスクの増加に直結する、とても深刻な問題です。
日本で働き方改革が施行されて以降、残業時間には法律で厳しい上限規制が設けられました。
この法改正を正しく理解して対応することは、すべての事業場にとっての義務です。
しかし、法律で定められた上限と、健康障害のリスクが高まる「過労死ライン」という2つの基準には違いがあります。この2つの基準を正しく理解し、自社の現状を把握することは、従業員が個人の健康を守り、企業が大切な人員を守りながら健全に成長していくために必要な知識となるでしょう。
この記事では、複雑に思える過重労働の基準や法律のルールを、できるだけ分かりやすく、丁寧にかみ砕いて解説していきます。
また、優秀な人が辞めてしまう前のメンタルヘルス対策は産業医との連携が効果的です。産業医の役割は非常に幅広いですが、産業保健の現場にある課題を理解している「first call」であれば、法令を守り、従業員のメンタルケアに繋がる産業医サービスが利用できます。
目次[非表示]
過重労働の2つの基準
「働きすぎ」を判断するとき、実は2つの重要なものさしがあります。
一つは、従業員の健康を守る視点からの「過労死ライン」。
もう一つは、会社が守らなければならない法律のルールである「労働基準法の上限」です。
この2つは似ているようで違うもの。それぞれの定義をしっかり理解することが、働きすぎを防止するためには重要になります。
月80時間超の残業は健康リスクが高まる過労死ラインの目安
「過労死ライン」という言葉を聞くと、少し驚いてしまうかもしれません。
法律で「これ以上働かせてはダメ」と決められた時間そのものではなく、過重労働が原因で心臓疾患や精神障害といった健康障害が発生した場合に、その病気の発症と業務との関連性を判断するための、厚生労働省が定める労災認定の基準(目安)のことです。
具体的には、時間外労働と休日労働を合計した時間について、
- 発症前の1か月間におおむね100時間を超える
- 発症前の2~6か月間の平均が、1か月あたりおおむね80時間を超える
このどちらかに該当する場合、業務と発症との関連性が強いと評価されます。
特に「月平均80時間」が、一般的に「過労死ライン」として広く理解されています。
月20日勤務の場合、毎日4時間程度の残業が続く状況に相当し、心身への負荷がいかに大きいかがわかるでしょう。
また、厚生労働省は残業が月45時間を超えると、時間が長くなるほど脳や心臓疾患の発症との関係が強まるとしています。
つまり、80時間という過労死ラインに達していなくても、45時間を超えた時点から健康リスクは着実に増加していくのです。
月45時間・年360時間が法律で定められた残業時間の上限
過労死ラインが健康リスクの「黄色信号」だとすれば、企業が必ず守る義務があるのが、労働基準法で定められた時間外労働の上限です。
法律では、法定労働時間として原則「1日8時間・1週40時間」までと決まっています。
これを超えて労働者に労働(時間外労働)させることは、原則として法律違反です。
例外的に時間外労働や休日労働を命じるためには、使用者(企業)と労働者代表との間で、労使協定である「36協定(サブロクきょうてい)」を締結し、役所に届け出る必要があります。
そして、この36協定を締結した場合でも、残業させられる時間には、罰則付きの厳しい上限が設けられました。
それが原則「月45時間・年360時間」という上限です。もしこの協定の範囲を超えて違反してしまうと、企業は罰金などを科される可能性があります。
ここで一つ、とても大切なポイントがあります。この「月45時間・年360時間」という原則の上限には、法定休日に労働した時間(休日労働)は含まれない、ということです。
この後の特別条項のルールで話が少し複雑になるので、まずは「原則の残業上限に、休日労働はカウントしない」と覚えておいてください。
過重労働を防ぐ36協定の例外ルール「特別条項」の4つの条件
原則は「月45時間・年360時間」が上限ですが、臨時的な特別の事情がある場合に限り、この上限を超えることが認められています。
これが「特別条項付き36協定」という、労使が合意する例外的な制度です。
ただし、この特別条項は、無制限に残業をさせるためのものではありません。
従業員の健康を確保するための措置として、次の4つの条件をすべてクリアする必要があります。
下記4つの条件は、すべて同時に守らなければなりません。一つでも違反すれば法律違反です。
特に、休日労働を含めたり含めなかったり、平均時間を計算したりと複雑なので、勤怠管理システムなどを活用して、しっかりと管理していくことが重要になるでしょう。
規制項目 |
原則(一般条項) |
特別条項付き |
備考 |
---|---|---|---|
単月の上限 |
月45時間 |
月45時間 |
時間外労働のみ |
年間の上限 |
年360時間 |
年720時間 |
時間外労働のみ |
特別条項の回数 |
適用なし |
年6回まで |
月45時間を超える月 |
絶対的上限①(単月) |
適用なし |
月100時間未満 |
時間外労働+休日労働 |
絶対的上限②(複数月) |
適用なし |
複数月平均80時間以内 |
時間外労働+休日労働 |
年間の残業上限は休日労働を含まず720時間以内
特別条項を適用した場合でも、年間の時間外労働の上限は720時間以内です。
ここでの注意点は、原則の上限(年360時間)と同じで、この720時間の計算には休日労働の時間は含まれない点です。
月ごとのルールとは計算方法が違うので、勤怠管理において混同しないよう注意が必要でしょう。
単月では休日労働込みで100時間未満にする必要がある
どのような特別の事情があっても、絶対に超えてはいけない「天井」があります。
それが、「時間外労働」と「休日労働」の時間を合計して、単月で100時間未満というルールです。
例えば、時間外労働が70時間、休日労働が30時間だと合計100時間となり、違反です。合計が100時間に満たない状況にする必要があります。
複数月の平均は休日労働込みで80時間以内に抑える
このルールが一番複雑かもしれません。「時間外労働」と「休日労働」の時間を合計した時間について、「どの2~6か月を切り取って平均しても、1か月あたり80時間以内」にしなければならない、という決まりです。
毎月、「過去2か月の平均は?」「過去3か月の平均は?」…と、常に振り返ってチェックする必要があるのです。
一つでも80時間を超えていたら、その時点で法律違反になってしまいます。
月45時間超の残業は年6回までしか認められない
月45時間という原則の上限を超えて残業できるのは、1年間につき6回(6か月)までと回数が決まっています。
年度の初めにこの回数を使いすぎてしまうと、後半に突発的な業務が発生しても対応できなくなるため、計画的な労務管理が求められます。
過重労働の基準に関するよくある質問
働き方のルールについては、現場で「これってどうなの?」と疑問に思うことも多いはずです。
ここでは、よくある質問について解説していきます。
管理監督者の残業代や時間管理はどうすればいいですか?
「管理監督者」というと、「部長」や「課長」といった管理職のことだと思われがちですが、法律上の「管理監督者」は、役職名ではなく勤務の実態で判断されます。
具体的には、以下の4つの基準を総合的に見て判断されるのです。
- 経営に関わっているか:会社の経営会議に出るなど、経営に近い立場で業務をしているか。
- 時間に縛られないか:出勤や退社の時間を自分で決められるなど、時間に縛られずに働いているか。
- 重要な権限があるか:部下の採用や人事評価を決める権限を持っているか。
- 地位にふさわしい給料か:一般の社員と比べて、明らかに高い給料をもらっているか。
これらの基準を満たさないのに、「管理職だから」という理由で残業代を払わない「名ばかり管理職」は法律違反です。
法律上の管理監督者にあたる場合は、残業代や休日出勤手当の支払いは不要になります。
しかし、次の点は一般の社員と同じルールが適用されるので注意が必要です。
- 深夜手当:夜10時から朝5時までの深夜に働いた場合は、割増賃金を支払う必要があります。
- 労働時間の把握:法改正で、企業は管理監督者も含め、すべての労働者の労働時間を客観的な方法で把握することが義務付けられました。
- 有給休暇:一般の社員と同じように有給休暇があり、年に5日は必ず取得させる義務があります。
たとえ残業代を払う必要がなくても、企業には従業員の健康と安全を守る責任があります。
管理監督者の労働時間を勤怠データとして把握し、もし働きすぎの状況が続いていれば、企業として対策を講じる責任がある、ということを忘れてはいけません。
36協定の特別条項を使える回数に制限はありますか?
はい、はっきりとした回数制限があります。
先ほども触れましたが、月45時間の残業上限を超えることができるのは、1年間で6回までです。
7回目以降に月45時間を超えてしまうと法律違反になるため、会社はしっかりと回数を管理する必要があります。
持ち帰り残業も残業代の支払い対象になりますか?
持ち帰り残業が残業代の対象になるかどうかは、その仕事が会社の「指揮命令下」にあったかどうかで決まります。
つまり、どこで働いたかではなく、「会社から指示された業務だったか」がポイントです。
以下のようなケースだと、労働時間となる可能性があります。
- 上司からの明確な指示:上司から「この仕事、家で終わらせておいて」とはっきり言われた場合。これは業務命令なので、労働時間にあたります。
- 暗黙の指示(黙示の指示):直接の指示はなくても、定時内ではとても終わらない量の業務を頼まれたり、厳しい締め切りを設定されたりして、仕方なく持ち帰り残業をしている状況。そして、会社もそのことを知りながら放置している場合。これも「黙示の指示」と見なされ、労働時間になる可能性が高いでしょう。
一方、上司の指示がなく、自分の判断で「キリがいいところまでやりたいから」と仕事を持ち帰った場合、会社の指揮命令下ではないため、基本的には労働時間にはなりません。
【まとめ】過重労働の基準を知って対策することで企業が成長する
この記事では、働きすぎのサインである「過労死ライン」と、企業が守るべき法律のルール「36協定の上限規制」について解説してきました。
この2つの基準を正しく理解して対策を実施することは、単に法律違反のリスクを避けるためだけではありません。企業がこれからも成長していくための、大切な経営課題の解決なのです。
長時間労働を放置することは、従業員の健康障害や人員不足、離職率の増加を招き、組織の生産性低下や採用コストの増加といった多くの問題を引き起こします。
しかし、この課題に真剣に向き合うことで、企業には良い循環が生まれるでしょう。
もし社員の健康リスクに対する課題解決に悩んでいるのであれば、産業医の紹介や、全国どこでも面談予約・実施・意見書管理までシステム上で実施可能で、オンライン産業医面談が利用できる「first call」の活用が効果的です。